「自ら学ぶ力の伸ばし方」をすべての子どもたちへ保護者さま・PTA・学校向け講演プログラムのご案内


学校での講演テーマ一覧(例)
・勉強とは一体何なのか(学びと勉強を定義する、勉強の学習を両立させるための思考法)
・やる気を引き出し、持続させる方法(やる気のメカニズム、目標を使ったやる気のマネジメントについて)
・モチベーションとは異なるもう一つのやる気の使い方(やる気とストレスの関係)
・自分を変えるにはどうするか!?(人がなかなか変われない理由と、自分の変え方)
・今すぐ始められる「集中力を高める12の方法」
・目の前の現実をコントロールするためのIRACサイクルの回し方
・”本当の自分”に出会う方法(自分とは何か、ゲシュタルトについて)
・自分で勉強できるようになるためのマインドセット&スキルセット
・欲しい結果を引き寄せるためのナポレオン・マインド講座(論理的思考のその先へ)
・その頑張りを”努力”に変えるための3つの法則
・記憶力を200%引き上げる超勉強法(勉強にはルールがある)
などがございます。これらの内容をアレンジしたり、より簡単なフレーズや内容に置き換えたりすることも可能です。
学校PTA教育委員会のご担当者様へ|講演のご依頼から当日までの流れ
対象:小学校、中学校、高校、PTA、教育委員会など
講演時間:60分、90分、120分
対応エリア:熊本県内、県外、オンライン
講演内容のカスタマイズ:ヒアリング内容に合わせて調整
お問い合わせ方法:お電話かメール、LINEにて
当日までの流れ:
お問い合わせいただけますと、こちらから折り返しのご連絡をさせていただきます。事前のヒアリングをさせていただく日程の調整を致しまして、ヒアリング時に講演の実施日と内容を確定致します。
なぜ今自ら学ぶ子どもを育てることが重要なのか
自ら学ぼうとする意欲・気質は、いつの時代にも必要とは言え、これからの時代はまさにAIを中心とする複雑かつ多様化する時代です、「自分」という軸を持つことがこれまで以上に重要になります。なぜなら、誰もこの先がどうなっていくのか分からず、不安だからです。
産業革命の時代のことは教科書で習ったことがあるかも知れません。人間に代わって機械が台頭し始めた、アイデンティティ喪失の混乱を極めた時代です。しかし今それが再び現実として起きています。そのくらいの転換期に私たちはいるわけです。何が正解か、本当に誰もが分からない中で、誰かに頼って生きていくことができないからこそ、一人一人がちゃんと考えて行動できるようになっておかないといけません。どこに向かうのかを決めるためには、自分がどう生きたいのかを指針にするしかないからです。
自分がどう生きたいのかという問いは、正直大人の方々にとっても難しい問いです。ましてや、まだまだ経験の少ない子どもたちが、自分の生きる方向性を早くから決めるなんてことはできません。だからこそ、そもそも「自分がどう生きたいのか」はどうやって知ればいいのか、どうそれを見つければいいのかを知る必要があるわけです。そしてその答えは「色々やってみる」しかありません。
やってみるから「これは楽しい」「これは楽しくない」が分かるし、「これは上手くできる」「これはできる気がしない」ということも分かります。色んな人と関わるから、「この人は面白い」「この人は苦手」と感じることもできますし、「そんな人がいるのか」「あんな風になりたい」が生まれる。答えはどこにもないけれど、ヒントはそこらじゅうに落ちている。それは探す人にしか見つけられないものなのです。その「探す」行為こそが、自ら学ぶこと。だから、自ら学ぶことのできる子に育ってほしい。自分の”好き”に出会って、それを追求できる子になってほしい。

子どもが勉強しない本当の理由とは?
子どもが勉強しなくて困っている、と感じる保護者の方も少なくないと思います。でもそれは当然です。勉強は決して楽しいものではないからです。そしてそのように”学んで”しまっているからです。
学習性無気力という症状があります。これは「無気力」を学習によって習得してしまっている状態です。なぜこんなことが起きるのかと言うと、嫌な、楽しくない勉強を無理やり押し付けられるからです。自分がやりたくもない勉強を強制的にやらされる、でも「やりたくない」と言っても聞き入れてもらえない、有無を言わさず、意味も分からないまま、ひたすら勉強をやれと言われ続ける。そのために大事なスマホも取り上げられ、好きなYoutubeも自由に観れず、友達とのコミュニケーションもままならない。嫌いなことのために好きなことを我慢せざるを得ない。。。この繰り返しによって、いつしか「何を言っても無駄である」「どんなに抵抗しようとも勉強をしなければならない現実は変わらない」と”学習”し、無気力で自分の精神を護ろうとする、ということです。
では、それは周囲の大人が悪いのでしょうか?勉強を強制させる状況が悪いのでしょうか?違いますよね。勉強はさせてあげないと子どもたちが困る。これは大人の責任です。問題は、それをどう伝えるか。それがどう伝わるかです。これは伝え方の問題なのです。
子どもたちはまだ「勉強とは何か」が分かっていません。だから、勉強する意味も分からないし、価値も分からないし、勉強することで得られるメリットも、勉強しないことで被るリスクも分かりません。それを説明されることも、そこが腑に落ちることもないまま強制されると、「納得いかない」になるわけです。
一方で、スマホやゲームという強力な誘惑ツールも、勉強から彼らを遠ざける一つの要因になっています。
スマホやゲームは「依存」がよく問題視されますが、そのスマホやゲーム自体がどうこうではなく、それらから提供される様々な”仕掛け”が主な原因です。人間の脳を研究・分析し尽くした者たちが、人間の注意・関心を自身のサービスに惹きつけようと、脳が反応しやすいように仕掛けてくるのです。これはよっぽど意識的に扱っていないと、脳が強制的に分泌させられた快感物質のせいで無自覚的に依存させられてしまいます。このリテラシー自体を、まだ脳の未成熟な子どもたちにも教えておかなければならないのです。スマホ、アプリ、ゲーム、SNSの開発者ほど、自身の子どもにそれらを持たせないと言っているのは、そのためです。
つまり、勉強に対する嫌悪感と、スマホやゲームといった誘惑の両方の事由から、子どもたちは勉強を容易に避けられるようになってしまっているのです。
主体的に学ぶ子どもはどのように育つのか?
どうしたら子どもたちを主体的に学ぶように育てることができるのでしょうか。それには「環境」と「教育」がカギとなります。
それこそ、スマホやゲームから遠ざけた環境であれば、主体的に学ぶようになるでしょうか?必ずしもそうとは限りません。むしろ、スマホやゲームは子どもたちには必須のアイテムです。スマホなどはむしろ武器として活用できるようになっておかないと、これからの時代には損をすることになります。
では、好きなことを好きなだけやらせておけば主体的に学ぶようになるでしょうか?それも考えモノです。それをさせる管理者に当たる人が、ワガママと主体性の線引きをしっかりできるのであれば、成り立つこともあるかも知れませんが、基本的には好きなことを自由にさせるだけでは主体的に学ぶ姿勢は習得できません。ここが難しいところです。
こういった観点から考えてみると、子どもたちが主体的に学ぶ子に育つための方法の一つは、主体的に学ぶということを身近な人が体現して見せることです。
主体的に学ぶことのできない人が、主体的に学ぶ姿勢を他者に育ませることはできません。教わる側も、相手が主体的に学ぶ人でない限りは、主体的に学ぶということがどういうことなのかを学び取ることができないのです。
それこそ「主体的に学ぶことは重要なことなんだ!」と”知識”として学んだとしても、「へー」とか「なるほど、そうなんですね」で終わってしまいます。でも、日頃から主体的に学ぶ続ける人の下で、主体的に学ぶ環境にいた子たちは、主体的に学ぶことが当たり前で過ごすため、自然にそう育ちます。つまり、主体的に学ぶことを日常にしている人と共に過ごせば、その子も自然と、主体的に学ぶようになっていくということです。
もう一つの、子どもたちが主体的に学ぶ子に育つための方法は、主体的に学ぶということがどういうことかを言語化し、伝えられる人に教わることです。
感覚知、というものはあるのでしょうが、やはり身近に主体的に学ぶ人がいない場合には、モデルケースがない中でも主体的に学ぶことが習得できることが望ましい。とすると、具体的にどうすることで主体的に学べるようになれるのかを教えられる人に教わるのが良いかと思います。
主体的に学ぶというのは、当然その子の気質や性格も影響しますが、基本的には練習をして習得できるものでもあるのです。理屈が分かり、それを練習しているうちに、主体的な学び方が習慣化していきます。最初は意識が必要でも、意識的にやることを繰り返しているうちに、自然にそういう発想になり、そういう行動が取れるようになるものです。そしていずれ応用が利くようになります。主体的に学ぶということがどういうことかということが、体感として理解できるようになるということです。
このように、子どもたちが主体的に学ぶ子に育つための方法は
①「主体的に学ぶ人がいる環境」か
②「主体的に学ぶということを教えられる人からの教育」
という2つがあると考えられます。

保護者は子どもにどのような声かけをすれば良いのか?
主体的に学ぶ子に育つよう、保護者としてはどのように声掛けをすればいいのでしょうか。それは「それ何?」「私も今度やってみようかな」と、相手の目線に立って教えてもらったり、理解したいという気持ちを示すもの、そして「あなたはどうしたい?」「この後どうする?」と、相手に考えさせ決めさせるものです。
声掛けをどうすればいいか、という方法論に入る前に、そもそも保護者として持っておいてほしいマインドは、子どもたちへの興味・関心です。
もちろん、子どもたちに興味・関心がない、という話ではありません。ただ、保護者としても忙しい生活の中で子どもたちのことにゆっくりと時間や心を割けないことも少なくないはず。すると、精神的な疲労や肉体的な疲労、家事と仕事と子育ての両立の中で、こうして欲しい、こう動いて欲しい、これ以上の不安や混乱は避けたいという考えが、言葉や態度となって子どもたちに伝わってしまいます。「こっちはこれだけ頑張っているのに」という自負があるからこそ、勉強を頑張っていない状況に不愉快さを感じる。だからつい言い方がキツくなり、結果感情的な反応を引き起こし勉強への反発を生じさせてしまいます。
でも逆に言えば、この状況を打開できるのも、おそらく保護者さまサイドなのです。相手への不理解のまま、願望を押し付けるようなコミュニケーションをやめ、理解したいという姿勢を見せて、実際に興味・関心を持ってみる。相手にとってスマホやゲームがどんな存在で、どうしてそこまでハマっているのか、どんな動画を観て、どんなゲームを誰とどんな風にやっているのか。一方で、どうして勉強に乗り気になれないのか、何か保護者として手伝えること、サポートできることはないかと、相手の障害を取り除こうという意思を示すことで、子どもたちも少しずつ「あれ?なんか最近、ストレス減ったかも」と感じられるようになるはずです。
当然関係性の再構築は一朝一夕にはいきません。それにこれは、決して親が子に気を遣うということでもありません。ただ、理解できないものを理解しないまま状況を改善することはできないということです。そして、主体的に学ぶように子どもたちを育てると言っても、子どもたちが主体的に学ぶようになるというよりも、むしろ、そもそも子どもたちは主体的であったはずなのにそれを失ったのだと考える方が自然です。何かが邪魔をして、子どもたちはいつしか主体的であることを放棄したのだと考えてみて下さい。
基本的に子どもというのは、何も知らない状態で生まれてきますので、誰もが「情報を吸収したい」という性質を持って生まれてきます。そうしなければ生きていけないからです。この生まれ持っての防衛本能、生きるための欲求を好奇心と呼びます。幼い頃に「あれ何?」「どうして?」と質問攻めされた経験は誰もがおありかと思いますが、人間は主体的に学ぶことの方がむしろデフォルト設定だったはずなのです。
とすれば、実は必要なのは「主体的に学べるように育てるにはどうすればいいのか」という発想よりも、「なぜ主体的に学ぶ意欲を失ってしまったんだろう?」「何がこの子の、主体的に学ぶ性質の邪魔をしているのだろう?」という発想であり、そう切り替えることこそが、声掛けそのものを変えてくれるものなのです。










