熊本の塾|新元号「令和」!勉強コンサルタントが語る「元号とは!?」

こんにちは。熊本の勉強戦略コンサルティング指導、ブレイクスルー・アカデミー代表の安東正治です。

 

 

ついに平成が終わり、新元号が発表されましたね。その名も「令和」。どうしても最初は「昭和」的な古い印象や、命令の令であること、「れい」という冷たい響きに違和感を感じましたが、メディアで見ると概ね一般的な受け取られ方はポジティブなものが多いようです。

 

 

そこで今回は、この「元号」について色々考えてみたいと思います。私個人は陰謀論なんかにも興味がある人間なので、その方向からもあえて検討を加えてみます。

 

 

新元号「令和」とは!?

まずは今回の新元号「令和」について基本的な知識を確認してみましょう。

 

 

これまで日本では247の元号があり、今回はそれに続く248番目の元号になります。これまで使われてきた漢字は72文字。その中でも「和」が使われたのは今回で19回目です(元号一覧で地道に数えました笑)。

 

 

「和」という字はそもそも、聖徳太子が日本で初めて憲法を敷いた際に、その十七条の憲法の中で「和を以って尊しとなす」として使った超重要ワード。仏教で国を統治しようとしたこの治世に日本の在り方が決まったと考えると、「和」という文字が日本にとってどれほど深い意味を持つかがお分かりいただけると思います。

 

 

ただ驚いたのは、248もある元号の中で、日本由来のものは今回の「令和」が初めてということです。それまでは全て中国由来だったというのです。もちろん漢字自体が中国由来ですから、元を辿れば中国に行き着く、ということだけなのかも知れませんが、今回の新元号が万葉集からインスピレーションを得て決められたことは画期的なのだそうです。

 

 

が、実は学者の間では、この万葉集の参考にした一節もまた、中国の有名な文章を真似て書かれたものであるというのが定説だそうで、日本の伝統が結局は中国文化を起源としていることを実証したことになった、と見る意見もあります。なかなか日本オリジナルというのは難しいようです。

 

 

日本初の元号は??

では、日本初の元号は?と聞かれたらお分かりになりますでしょうか?結構今回の新元号「令和」とセットで語られていますので、もうご存知かも知れませんね。そう、「大化」です。645年の「大化の改新」は小学生から日本史で習いますよね。

 

 

では「大化」という「元号」が使われ始めたときの天皇は誰でしょうか?ここまで分かる方はすごいです。私も調べて初めて知りました。当時の天皇は「皇極(こうぎょく)天皇」でした。驚くべきは、この皇極天皇の時点で既に第35代目の天皇だということ。645年の時点で35代目ってすごいですよね。

 

 

じゃあ初代の天皇は?ここまで来るとさすがに伝説上の、神話レベルの人物になるようですが、建国記念日の元になっている「神武(じんむ)天皇」です。そしてこれから天皇になられる皇太子さまの時点で126代目ということになります。皇太子さまに生前譲位された125代天皇は「今上(きんじょう)天皇」。それまでは「明治天皇」「大正天皇」「昭和天皇」と呼ばれていた呼称が、平成の時点で平成天皇にならなかったことも注意すべき点です。

 

 

ちなみに皇極天皇の後、第36代目の天皇は?と聞かれたらいかがでしょうか?これは日本史にも登場する人物、「天智(てんじ)天皇」ですね。大化の改新のキーパーソンの一人、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)です。

 

 

なぜ元号が始まった?なぜ元号を使うの?

これは今の時代にあってはかなり疑問に登る項目だと思います。もう西暦に統一すれば楽じゃん、と考える方も少なくありません。ではそもそもいつ元号というものが使われ始めたのでしょうか。

 

 

PRESIDENT  Onlineに掲載された大東文化大学文学部歴史文化学科教授の宮瀧 交二さんの見解によると、以下のような事情からのようです。

 

 

『元号の歴史を紐解くと、その始まりは中国・漢の時代にさかのぼる。紀元前141年から紀元前87年まで皇帝の地位にあった武帝(ぶてい)が、即位の翌年(紀元前140年)を「建元(けんげん)元年」としたのが元号の最初であると、『漢書』(前漢について書かれた歴史書)に書かれている。

その武帝は皇帝になってから亡くなるまでの54年間に、11回も改元しているという。改元の理由は、さまざまな天変地異や、政局を転換したいときなどであったと考えられている。このように、改元することで時間を自由に操るのが皇帝の特権であったと言えるだろう。』

 

 

さらに言えば、漢委奴国王印を与えられていることから考えられるように、日本は大国中国を無視できない事情がありました。つまり中国への敬意を示す意味で、その元号文化を取り入れていたというわけです。ただ、文化として取り入れたものを徐々に日本独自のものに切り替えていったらしく、最終的に今のような一世一元制を導入したのは明治時代の頃。

 

 

こうして振り返ってみた時に、例えば「平成」という時代が「平らに成る」と読めることから、失われた20年(30年)となった理由の一つだったのではないか、とすら言われているほどです。つまり、元号を使い続ける裏の理由には「ジャパン・コントロール」があるのではないかとするのが私の見解。勿論、それが今の首相である安倍晋三氏の個人的な意向であるはずもなく、もっと大きな動きの中の一つだと考えられます。陰謀論目線で穿った(うがった)見方をすれば、こう取れなくもない。「命令によって和をなす」と読めば、「令和」の見方も変わりますよね。

 

 

ただ、一方で、そんな風にあえてネガティブに陰謀論を唱える必要性はなく、一人一人が「令和」という元号にどんな印象を以って付き合っていくかということの方がはるかに大事なことです。安倍首相が述べたような印象(事情)を皆が共通して持つ必要はなく、本来的な意味よりも、あなたにとって意味のある「令和」である方が重要なことだと私は思っています。

 

 

ちなみに。。。

こうして元号を調べていた私ですが、個人的にかなりテンションの上がる元号を発見してしまいました。それが「正治」です。何を隠そう私の名前が「安東正治」なので、正に「俺の時代か!(笑)」というわけです。勿論、読み方は「まさはる」ではなく「しょうじ」でしたので完全一致ではありませんでしたが。

 

 

「正治(しょうじ)」が使われたのは1199年〜1200年。この頃の天皇は「土御門(つちみかど)天皇」で83代目。治世は鎌倉時代。源頼朝がおられる時代です。後鳥羽上皇の院政が敷かれていた時代でもあったようです。私は1983年生まれなので、83という数字のリンクにも因果を感じます。

 

 

さらに言えば、「正治(せいじ)」という元号が韓国でも使われていました。ベトナム後黎朝の英宗が使用した元号で、使われていたのは1558年 – 1571年。なんとも不思議な感覚です。

 

 

日本史が好きな方なら「大化の改新」の他にも「建武の新政」「応仁の乱」「永仁の徳政令」など、元号にまつわるネーミングの出来事があることも思い出されたかと思います。あんまりお好きでない方も、この機会に元号に着目して「なるほど、この時代に使われていた元号なのか〜」と遊び感覚で覚えられてみても良いかも知れません。そのあとは何?その前は何?その時の天皇は?そうやって色々な知識に繋げて行くと覚えやすくもなりますので、お子さまにそれとなく問題を出すような形で、遊びながら覚えられるように促すこともできるかも知れませんね。

 

 

ということで、今回は元号についてお話ししてきました。楽しんでいただけたなら幸いです^ ^

 

 

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