熊本の塾長の教育論|学校教育が洗脳機関と化したその理由とは!?|熊本の学習塾ブレイクスルー・アカデミー

こんにちは。熊本の教育&勉強攻略アドバイザー、ブレイクスルー・アカデミー代表の安東正治です。

 

 

人はとかく、信じがたい真実を「陰謀論」と称されると途端に目を曇らされる傾向があります。真実を隠したい側にとってはこれほど便利な言葉はありません。ましてや、そんな真実を公然と暴露してしまえば危険もあるでしょうから、あえてこれを「陰謀論」と言ってオブラートに包むことも手段として重要になってきました。ですので今回の話は「陰謀論」として聞いていただきたいと思います(笑)

 

 

お話ししたい内容は学校教育について。それも学校教育が行われる本当の目的についてです。今回の苫米地英人さんの本でいくと、教育と洗脳はその本質を同じくするものであるとされています。これはあくまでも構造上の問題であり、意味の話ではありません。ビジネスでいくとマーケティングが「顧客の教育」に当たるものとされていて、突き詰めていけば情報価値の共有ということになるわけですが、それが学校教育の中でどう施されているのかを詳らかにするものです。

 

 

この記事では、熊本の学習塾ブレイクスルー・アカデミーを立ち上げることになったそもそもの理由にも関わる話なので、私の見解も織り交ぜながら展開していきたいと思います^ ^

 

 

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熊本の塾長が学校を「最悪の」洗脳機関だと考える理由

「正しい税金」「申告と納税」小学生の書いたこんな書初めを熊本のアーケード街である上通りや下通りで何度も見かけた事があります。これを見る度に私は吐き気がするのです。何も知らない子どもたちに「税金はちゃんと払おうね」と刷り込む教育が、これほどあからさまに行われているのが学校教育の現状です。

 

 

洗脳と教育は本質的には同じです。では何が違うから読み方を変えるのか。それは、施す側の意識の持ち方です。施す側にメリットがあれば洗脳ですし、施される側にメリットがあれば教育ということになります。

 

 

勉強を強制的に子どもたちにさせたい、つまり、学校教育制度を通して子どもたちに教育を施したい側というのは文部科学省であり国です。この勉強に関する制度設計を考えた時に、そのサービスを享受する子どもたちにメリットがあるのか、それをさせる文部科学省(つまり国)側にメリットがあるのかと考えると、私は明らかに後者であると言います。それは当然です。その制度を設計し、全国に敷いたのは国だからです。それまで全国にあった寺子屋のすべてを一掃し、国主導の教育制度を全国に敷かんと学制を発布したのが1872年9月4日。ここまでやっておいて何も目的がなかったと言う方がおかしい。つまり明確な目的の下に日本は学校制度を全国に配備したということです。

 

 

ではその目的は何か。時は明治維新直後の日本です。富国強兵、殖産興業が叫ばれる御時世ですから、近代化を見越して人材を育てることは急務だったでしょう。それこそ黒船来航以降、長州ファイブや岩倉使節団のみならず、各藩主導の留学斡旋や個人での密留学など多くの日本人が西洋に漕ぎ出し世界を知った時代です。鎖国状態で、日本全体としては日本独自の文化を醸成できた時代でもありましたが、いざ蓋を開けてみたら世界では鉄道が走りエレベーターが人を運んでいた。焦って当然でしょう。

 

 

しかし今はそんな時代から150年が過ぎている。もうかつてのような学び方をしなくても良いはずですが、それでも頑なに当時のままの学校教育制度を続けているのが日本という国の異様さです。日本の教育制度とは、言わば150歳のおじいさん、お婆さんに「私の若い時はこうだった」という昔話を聞かされて覚えさせられているようなものなのです。今を生きる私たちにとって、それがどんなに時代錯誤であるかお分かりいただけるでしょう。だから今の学校教育は、次代を生きる子どもたちを育てるという意味では「最悪の」洗脳機関と言えるわけです。

 

 

学校教育は今、大混乱期に突入中

少し話を戻しますが、子どもたちを洗脳することのメリットは、子どもたちが大人の監視役になるからです。「お父さん、ちゃんと税金払ってる?」「お母さん、税金って何?」こういう会話を自然発生させることで税金への意識を保護者さまにも刷り込む事ができます。そうでなくても、子どもたちが新しい価値観を持って次代を構成していくわけですから、少しずつ価値観は塗り替えられていきます。

 

 

これの最たる例が算数の計算の仕方です。保護者さまの中には、学校での計算式の解き方が変わったことで困惑されている方もいらっしゃるかと思います。ある時から突然、親世代が習っていた解き方とは違うやり方で子どもたちが計算を解くというフェーズに切り替わりました。すると親が勉強を教えている時に「お母さん、その解き方”違う”よ」「学校ではこういう風に習ってるんだよ」となる。

 

 

子どもたちにとっては、学校で習っていることが”正しい”のです。別に親世代が習ってきた解き方が間違っているわけではありません。ただ、なぜかやり方が変わったのです。極論、正確に、かつスピーディーに計算ができればどちらでもいいし、もっと言えば計算機でやれば過程は問題になりません。でもそんな単純なことすら、子どもたちにとっては学校で習った通りにやらないとダメだと認識しているわけです。

 

 

こうなる理由は明白で、そう解かないとダメであると学校で教育されているからに他なりません。学校でそう習うのであれば、学習塾はそれを踏襲するしかありませんから、同じように教えることになる。他の解き方でもいいよ、となると子どもたちが混乱するから、ということかも知れませんが、結局は学校で教わることが”正しい”ということになり、良くも悪くも基準となり、それが学習塾へ波及し、新たなルールを覚え直されることになる。これが洗脳の為せる技です。「これこそが正しい」。「これでもそれでも自分の好きな方法で結論を出しなさい」ではないわけです。

 

 

これが激化したのが大学入試に伴うセンター試験が共通テストに名称が”戻った”件。私の現役当時はセンター試験、私の親世代の時が実は共通テストでした。つまり戻ったのです。教育改革ではありません。

 

 

これが何を意味するか。彼らは名称を変更することで「何かをした感」が欲しいのです。何かを一生懸命やろうとしている感を出すために、何の計画性もないまま色々変えたいと動き出し、それを名称変更だけして印象を先にコントロールしたというわけです。そんなの呼び名なんて大学入試センター試験のままでも良かったのに。わざわざ名称変更する意味はない。

 

 

考える力を付けさせる、生きる力を付けさせると意気込みながら、それを奪ってきたのが学校教育自身であったことも省みらずに闇雲に突っ走り始めたのが、教育改革という名の混乱です。あれもいいな、これもいいなと、どんどん詰め込みを始めています。プログラミング教育、英語の早期教育、インクルーシブ教育、STEAM教育など、とにかく良さそうなものをかじらせようという流れです。そんなんお腹壊すに決まってるやん、と。

 

 

熊本の学習塾ブレイクスルー・アカデミーの教育論

またまた話を戻しますが、そもそも学校教育でメリットを享受しているのは誰でしょうか。これで本当に子どもたちであると言えるでしょうか。大人の勝手に振り回されてあれもこれもと詰め込まされる、それでいてテストの成績が悪いとこずかれる。大人ですら、嫌な仕事を毎日させられればストレスで参ってしまうのに、子どもたちは給料もない中でただただ嫌なことを色々させられるわけです。

 

 

必要性、目的、夢、理由、価値。何かをするにはどれかが欲しい。でも勉強が嫌いな子どもたちにはそのどれもない。でもやらされる。いや、やらされ続ける。それで身に付くわけがないし、学校に行きたいと思えるわけがない。成績の良し悪しがその教科の担任の好き嫌いで決まるような教育が健全なわけがないんです。でもそれを強いているのが学校教育です。

 

 

その結果を踏襲しないといけないのが学習塾です。学習塾は受験制度の結果が勝負なので、主に主要5教科の得点力に関して役割を担います。学校でフォローしきれない部分を補ってくれます。しかしこれ自体も実は不健全です。

 

 

どうして学校だけで済まないのでしょうか。なぜ学習塾ありきの制度設計になっている?本来であれば、子どもたちが受験制度に対処するための必要最低限のフォローは学校がしなければならない話です。しかしそれができないし、させることができていない。だから子どもたちは学習塾にも行かなくてはならない。その結果1日の起きている時間のほとんどを勉強に付き合わされることになる。そんな過ごし方で将来を描けるわけがない。だから結局流されるままに偏差値や成績で自分の行ける学校を”探してもらって”そこに決める。

 

 

そもそも学校でものを教える教師自体が小中高大というレール、もっと言えばベルトコンベアーの上の世界しか知らない。学校で学び、職場も学校です。学校しか知らない。その上偏差値もそこまで高いものは要求されないし、人間性を細かくチェックされるようなこともなく、ただただ教育学部を卒業したということだけで教師になる。そして「先生」と呼ばれる。でも教師は文部科学省の言いなりでしかない。

 

 

以前私は、熊本大学教育学部の苫野 一徳先生のゼミの発表を見させていただいたことがあります。オランダ教育の視察に行かれたことの公開発表をされていたのです。ただここで見せられた学部生たちの発表の内容は燦々たるものでした。発表内容もさることながら、質問されたことにも上手く答えられない有様で、まるで中学生の自由研究の発表会のようでした。私は熊本大学教育学部附属中学校卒業ですが、すみません、これでは中学生の研究発表の方がレベルが高いものをお見せできたはずです。しかし最も問題なのは、この不出来な視察発表の様子を見ていた担当の苫野 一徳先生が彼らを手放しで褒め称えていたことです。

 

 

「私から見ても、今回の発表は上手くまとめられていて素晴らしかったと思います。」

 

 

こんなことをやっていてまともな教師が育つわけがない。現に私が、教師になった先輩に「教育学部って何を学んでるんですか?」と質問した時の答えも印象的でした。

 

 

「そうだね、これと言って印象に残ってることはないかなぁ。。。」

 

 

教師が足りないからと、教師の魅力を世間に訴えようとTwitterなどのSNS上で始まったバトンも、蓋を開けてみたら教師のブラック現場の暴露大会と化し逆効果になる始末。でもそうやって教師自体を文部科学省が鎖に繋いでおかなければ、決して安定した学校運営などできません。これは良くできた支配体制だとも言えます。

 

 

この「国→文部科学省→教師(学校)(→学習塾)→子どもたち」という見えないシステム(支配体制)をどこかで脱却しなければ、子どもたちはおそらく、知らないまま、気付かないまま、そういうものだと認識したまま流されて、大事な人生を浪費する。不遜な言い方を許していただけるなら、どこかで彼らの目を覚まさせてあげたいと思うのです。

 

 

勉強って何か分かってる?学校教育ってどういうものか分かってる?受験制度ってどんな風に対処すればいいものか分かってる??

 

 

本当は何よりもまず理解しておかねばならないこれらのことは、学校でも学習塾でも一切教えてもらえないものです。しかしこれらを知っている者たちも少なからずいます。それが成績優秀者たちです。もっとざっくり言えば、頭のいい人たちは分かっている。

 

 

でもこの「頭の良さ」というのは、決して能力ではないんです。それに気付こうと思うかどうか。それに気づいて自分の現状を正確に認識しようと思うかどうか。具体的にそこから抜け出す努力をするかどうかだけの話です。能力ではなく、意識や行動の問題です。今の成績がどうとかいう話とは全く別次元の問題です。誰だって本当のことを理解すれば成績なんて簡単に上げられる。私がそうでした。でもそんな低レベルの話をしているのではありません。人生の話です。学校がどうとか、成績がどうとか、偏差値がどうとか、そういう表層的なことを問題にしている場合ではないのです。学歴は利用価値が高いものではありますから、ないよりはあった方が良いのですが、それでも本質は学歴ではなく学力ですから、そこに気付いて理解してくれるかどうかです。

 

 

もちろんこういうことを理解してくれれば学校の成績も簡単に伸ばすことはできますが、問題は正に「ここを理解できるかどうか」なのです。

 

 

学校教育は洗脳だ!とか、学校は奴隷を育成し格差を助長している!といったことを言われると「なんだこいつは」と怪しむ方も中にはいらっしゃいます。でも、そういう方はそれでいいのです。そういう方は学校を大事にして、学校と共に生きていただければいい。人の人生にとやかく言う権利は私にはありません。ただ私はそんなことは怖くてできませんし、自分の子どもにも危ない橋は渡らせたくない。だからブレイクスルー・アカデミーが必要でした。まだまだ小さい影響力しかありませんが、学校教育や既存の学習塾業界の代わりの環境を生み出すには、自分で作るしかないと考えたんです。待っていても何も変えられない。自分の力で少しずつでも変えなくてはならない。手遅れにならないうちに、自分の手の届く子どもたちだけでもアシストできれば何かを変えられる気がする。

 

 

微々たるものですが、やらないよりはマシでしょう。勿論「やらないよりはマシ」程度で終わらせるつもりはありませんが、まずは小さくても前進あるのみです。できることからやるだけ。熊本の学習塾ブレイクスルー・アカデミーの教育論は、正にこの「Si vis pacem para bellum. 平和を求めるならば、戦いへ備えよ。」の精神なのです。

 

 

 

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