「不登校は大半は親の責任」発言、滋賀県東近江市の小椋市長のフリースクール発言について|熊本の学習塾ブレイクスルー・アカデミー
こんにちは。熊本の教育&勉強攻略アドバイザー、ブレイクスルー・アカデミー代表の安東正治です。
先日話題に挙がった、滋賀県東近江市の小椋(おぐら)市長のフリースクール発言について、色々思うところがあったので私見を述べていきたいと思います。というのも、私自身が今、熊本の「フリースクール等連絡協議会」に参加していて、子どもたちの学びを守る県民の会の方々と連携を深めていこうとしているタイミングだからです。
当然、この会の皆さんも今回の滋賀県東近江市の小椋市長の発言を問題視されていました。私は、別に気にも留めていなかったのですが、やはり自治体の長として発言してしまったこと、さらには「不登校は大半が親の責任」といった発言は確かに物議を醸すだろうなと感じ、改めてこの問題に関する記事や動画を見て回りながら、自分の思うことが固まってきたので今回まとめてみることにしました。
私はこういう時、普通の人とは違う反応をしてしまうのでアレなんですが、私は小椋市長を擁護する立場にいます。滋賀県出身の歌手である西川貴教さんも、先日の『ワイドなショー』で擁護されていましたが、おそらく少数派でしょう。しかし、そういった「違う意見」をあえて表明することも大事かなと思ったりするので、賛否あるのが分かっていてなお発言するものです。もしご意見あられましたらお聞かせ下さい。
忘れてはいけない大前提
まず今回の事案に関して忘れてはいけない前提があります。これは言わずもがな、なのですが、メディアの演出によって主旨が歪まされているという点です。
確かに小椋市長が県首長会議において
「フリースクールは国家の根幹を崩してしまうことになりかねない」
「不登校になる大半の責任は親」
という発言があったことは間違いありません。しかしそれが事実であるということと、その部分だけを切り抜いてフィーチャーされて良いかということでは話が違います。事情や背景があるのです。前後の文脈もあるのです。この発言だけを切り抜いてくればそれは物議を醸すのは当然のことでしょう。そしてメディアの狙いはその物議を醸すことにあります。物議を醸せば視聴率を稼げるからです。
メディアもさまざまなニュースを取り上げる都合もあるし、数あるチャンネルの中で覇権争いをしているシビアな状況もあって、過激な演出が度々問題視されています。しかしこういった世間が共感するような問題の時などには、その演出ではなく、そこで槍玉に挙げられている当事者を責める傾向があることは否めません。今回もその1つです。
感情を刺激されるような話題の時には理屈よりも反応が先んじます。だから今回3万を超える著名が市長に提出されたわけです。でもこれはあまりに感情的な反応にすぎるとは見れないでしょうか?
滋賀県東近江市小椋市長のフリースクール発言の問題点
まず、こういった発言が発せられた経緯、事情、背景を考察していきます。
小椋市長は関西テレビの取材インタビューに対し、今回の発言の真意を問われて
「私の言葉足らずの発言によって傷つけた部分があれば私は謝罪したい。思いは国の制度設計をもうちょっとちゃんとやってくださいねという意味で発言したわけで、そのことを撤回はできません。」
「義務教育っていうのは親に普通教育を受けさせる義務があるわけですから、親しか保護者しか子供を学校に行かせるアクションを起こす立場に、親しかいないわけです。そういう意味では、義務教育をしっかり受けさせて下さいよということの意味の裏返しとして、大半の責任は親にあると申し上げた。」
と持論を展開しました。
まず教育基本法には「学校に行かせる義務」とは書かれていません。あくまでも「教育を受けさせる義務」と記載されています。学校=教育ではないわけですから、その認識もないでしょうし、多様化する現状に関しての発言として、少々ズレている気はします。
また、市長の立場からすれば、確かに前提は公教育であって、無償で提供されている国の制度を基本使っていただきたいという姿勢には間違いはありません。だから安易にフリースクールを受け入れがたいことも理解できます。元が滋賀県警、座右の銘とされる「誠心誠意」からも分かるように正義感が強く、国際テロ対策も担当していた小椋市長が「国家の根幹を崩してしまう」という言い回しになったのも、フリースクールを受け入れるにしても、何の整備もされず制度設計もないままフリースクールを支援することへの警鐘であり、公教育を安易に蔑ろにする行為への問題提起だったようです。
ましてや、その場が県首長会議であったことも、この発言に繋がっていたと市長は言います。要は、発言できる時間の限られた会議の中で自身の主張をしようと思った時、どうしても言い方が極端になり、語弊あるものになってしまった、というものです。
また、学校教育とフリースクールの違いについて聞かれた小椋市長は
「実態と言えばあまり言葉がよくないが、(フリースクールは)教育になっていない。ただ単に行きたくない子供たちの受け皿になって、言い方は悪いけれど、遊んでるみたいな要素が強い。そういう実態がある以上、果たして今の義務教育の枠組みの中で苦しんでいる子供たちを、しっかりと義務教育の一環として補完する機能があるかといったら、ちょっと私は疑問を感じている。」
と発言しています。
このことについては「教育とは何か」という部分に理解の浅さがある一方で、現状認識としては間違ってはいないという思いもあります。現にフリースクールの多くでは「勉強」はほとんど実施されていないからです。そして小椋市長の認識の上では「義務教育=勉強」という側面が強い印象もあります。だから「フリースクールの実態は教育的ではない」といった話になるのだと考えられます。
義務教育をしっかり子どもたちに受けてもらうこと、に対して強い思い入れがある小椋市長にとって、勉強の重要性を思えば、勉強をほとんど実施していないフリースクールの実態は「教育的ではない」と見えてしまうのは仕方がない。だから「義務教育を補完する機能には至っていない」。それを何の準備もなく国が支援することになれば、他の子どもたちもどんどん易きに流されフリースクールに行ってしまうのではないか、それでは国の根幹が揺らぐ。。。ただ、その小椋市長の認識は今の世間の潮流とズレてしまっている、だから問題発言として取り上げられるに至った、という流れなのだと思います。
滋賀県東近江市小椋市長のフリースクール発言は間違っていたのか
問題提起をしたかった。小椋市長はそう言いました。私も「そうだったんだろうな」と思っていました。でもあまりにこのニュースに反応をする人が多かったので、かえって興味を持って調べてしまいました(笑)
私はこの小椋市長の発言の意図は分かるし、言い方は本当に悪かったから、どうしてある程度良識ある人がこんな言い方しちゃったんだろうなって思ったら、前職が警察官で人一倍の正義感を持ち、テロ対策として国家を守る立場にあった人で、この年代だから、時間の限られた会議の場でどうしてもこの問題に耳目を集めるには、多少言い方を考えねばと思ったことが裏目に出てしまったのだろうなと感じました。だから結論としては「ああ、なるほど、マスコミにやられちゃったんだな」と思いました。
その後の「発言は撤回しません」は立派だなと思いました。それは発言への擁護ではなく、小椋市長の姿勢への共感です。だって彼も子どもたちの未来と国の行末を本気で案じているからこその行動だからです。あの発言自体で揚げ足を取るのは勝手だけど、そういう言葉ばかり追いかけて、彼の真意を汲み取ろうとしないのなら、そりゃあ国も子どもたちも救えないよね、という話です。
同じく国や子どもたちのことを本気で心配していても、別の結論に行き着くことはあるし、そこで互いに争うことも大切なことではあるけれど、思いが強すぎれば相手の意見に耳を傾けなくなる。自分たちの価値基準が全てになる。同じ言葉を別の定義で語り合っているからこそ起こるすれ違いにも気付けなくなるんです。
私は勉強は大事だと思います。それは勉強のことを人一倍理解しているからこそ、良くも悪くも勉強を蔑ろにするのは危ないことだと分かっているからであって、勉強そのものに価値を見出しているわけではありません。だから、勉強は大事だけれど学校に行くことは絶対じゃないし、現に学校が機能不全に陥っているのは目に見えているわけで、でも行政としては公教育が基本であって、フリースクールは受け皿としては必要としながらも、やはり学校教育を立て直してそちらでしっかり子どもたちを支えてあげないと、実態のバラバラなフリースクールでは国が想定した子どもたちに保障したい教育レベルが担保されないのでは?という危機感があることも理解できるわけです。
それに既存のフリースクールではほとんど勉強サポートの時間がないことも知っているから、小椋市長の現状認識の全てが間違っているとは言えず、現に単なる遊び場になっているだけの環境もある。私が以前「学童」に危機感を抱いたように、ただそこにいるだけ、ただ楽しい時間を過ごせているだけで本当に大丈夫なのか?という問題意識を、小椋市長は感じているのでしょう。
私も不登校児を抱える親ですが「不登校の大半は親の責任」と言われて「まぁ、それは違うよね」と思うくらいで、小椋市長の問題意識が完全におかしいとは思いません。言葉は悪かったけど、言わんとしていること、危機感の抱いている矛先は間違っていないからです。私も散々学校教育を否定、非難していますが、国だって、少なくても学校教育を敷いた当初は、この国の未来を思って、国民に打ち壊しなどの抵抗を受けながらも、恨まれや役を買ってでも国を残さんとして必死に学制を敷いたわけで、その結果第二次世界大戦の敗戦国だったはずの日本でも高度経済成長を遂げて世界No.2の先進国にまでなれて、その後にはバブル崩壊と失われた30年に苦しんだものの、教育現場には本当に、子どもたちのためにと懸命に働く教師の皆さんが沢山いる現実だって分かっています。
私は小椋市長は偏った価値観の持ち主ではあるものの、比較的まともな人だと思います。こういう真っ当な人までも排斥してたら、フリースクールはかえって悪い方向へ進みそうな気がする。フリースクールは必要だけど、垣根なしにどんどん進めていい案件でもないはずです。私もフリースクール推進派ですが、同じマインドの人とは意見をぶつけ合うことも厭いません。むしろ必要だと思っています。子どもたちのことを本気で思うなら、意見をぶつけ合えばいい。小椋市長が発言を撤回しなかったことは間違っていません。問題提起は今も続いています。でも敵ではないんです。
テーゼ、アンチテーゼから、いつしかジンテーゼが生まれるように、今はまだ、雨ふって地固まるための混乱期なのだと私は思っています。
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