熊本の塾長の日本史|教科書には決して載らない真実!関ヶ原の戦いで小早川秀秋を裏切らせた人物の正体とは!?|熊本の学習塾ブレイクスルー・アカデミー

こんにちは。熊本の教育&勉強攻略アドバイザー、ブレイクスルー・アカデミー代表の安東正治です。

 

 

日本史に詳しくなくても誰もが知っているこの戦い、関ヶ原の戦い。文字通り天下分け目となったこの大戦は、通説では小早川秀秋の裏切りによって勝敗が決したとされています。西軍を裏切り東軍を勝利に導いた彼の行動は「裏切り者」とレッテルを貼られているわけですが、実はここに、彼を裏切りに走らせた別の人物がいた、ということが分かってきました。その真の裏切り者の行動が、最終的に小早川秀秋の背中を押したのです。そしてこの二人は実は毛利元就を共通項に持つ親戚関係の間柄でした。では一体この人物とは誰なのでしょうか。

 

 

今回の記事は2016年9月15日に東洋経済オンラインに掲載された、山岸良二先生の記事『関ヶ原の戦い「本当の裏切り者」は誰なのか?教科書が教えない「小早川秀秋」以外の真犯人』を共有するものとなります。熊本の学習塾ブレイクスルー・アカデミー塾長として、時代の真相を紐解くのは何よりも楽しい学びです。教科書には決して載りませんが、このゾクゾクする展開に是非お付き合い下さい。

 

 

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熊本の塾長が教える教科書に載らない日本史

教科書に載ることが真実で、載らないことは真実ではない、とお考えの方もあられるかも知れません。しかし世界史はおろか、日本史に関しても、その全てを詳細に語ろうと思えば高校教科書のあの厚さで語り尽くせるわけがありません。教科書には「関ヶ原の戦いでの裏切り者=小早川秀秋」とされていたとしても、それはそれで覚えるとして、実は彼について重要なのは

 

 

・なぜ裏切ったのか

・どこで裏切る決断をしたのか

 

 

という点です。

 

 

さらに言えば、小早川秀秋の生い立ちはそれだけでもかなり複雑で、それだけでも歴史を学ぶ者にとっては面白いのですが、さらには先日私が記事としてご紹介したNHK大河ドラマ『毛利元就』を観ていたからこそ繋がりがハッキリと見えた人間関係でもありました。そう、今回ご紹介する真の裏切り者と小早川秀秋は、実は親戚関係に当たるのです。

 

 

そんな真の裏切り者と目される人物とは誰か。それは吉川広家です。

 

 

一見すると小早川秀秋、吉川広家、毛利元就とが関係するようには見えませんよね。そこで時計の針を少し戻してその関係を整理していきたいと思います。

 

 

熊本の塾長が教える日本史:毛利家の家系図

まずスタート地点は毛利元就とします。彼には「三本の矢」で有名な男三兄弟がいました。一番上には可愛(えの)という長女がいるのですが、今回はあまり登場しません。

 

 

毛利元就の息子たちはそれぞれ毛利隆元(たかもと)、吉川元春(もとはる)、小早川隆景(たかかげ)と言います。ここで結構見えてきましたね。なぜ苗字が違うのかというと、次男の元春は吉川家へ養子に出て、三男の隆景も小早川家に養子に出ているからです。元春に関しては直接当主として養子となりましたが、小早川家にはすでに当主がおり、彼を支える分家の方に養子に出ていたのが、盲目だった当主に代わり家督を継ぐこととなって隆景が当主になりました。

 

 

そして彼らの息子たちがそれぞれ毛利輝元(てるもと)、吉川広家(ひろいえ)、小早川秀秋(ひであき)です。ちなみに関ヶ原の戦いにおいて西軍の総大将を任されたのが毛利輝元です。すでに毛利元就の代で中国地方の覇者となっていた毛利家が西軍の総大将を任され、その同族となっている吉川家と小早川家も、なし崩し的に西軍に付かされることになります。そう、これは毛利家が付く方に付かねばならないわけです。ここで吉川広家と小早川秀秋が裏切る流れが見えてきました。

 

 

さて、ここからちょっと複雑なんですが、実は小早川秀秋は隆景の実子ではありません。秀秋の実父は実は木下家定(いえさだ)という人です。いきなり出てきた木下さんですが、この人はなんと豊臣秀吉の正室・禰々(ねね)さんのお兄さんに当たります。つまり秀秋は禰々の甥っ子なのです。さらには、禰々さんは子どもを産むことができなかったため、秀秋を養子として秀吉の子に迎えることになります。ここで一度、秀吉の息子になるのです。

 

 

しかし事態が一変します。秀吉の側室の淀殿が後継となる男子・秀頼(ひでより)を産んだのです。当初は後継がいないからと秀秋を養子として迎えたのに、側室が男子を産んだために秀秋の居場所がなくなってしまいます。そこで毛利家の親戚筋に当たる小早川家に養子に出すことにしたのです。こうして秀秋は小早川秀秋になりました。

 

 

ところがそれでは終わりません。秀吉の子でなくなっただけではなく、なんとそれまで領地として持っていた筑前、筑後(今の福岡)を取り上げられ、越前(今の福井)に変えられてしまいました。33万石から12万石への減俸扱いです。これは秀秋にとってはショックなことでした。ただこのことを受けて秀吉の死後、なんと徳川家康が手を差し伸べて秀秋に筑前・筑後を与えたのです。つまりこのことで秀秋には徳川家康に対する恩が生じたということです。ここで東軍への寝返りの布石ができました。

 

 

しかし一方で、西軍のリーダー石田三成からもこんな申し出を受けます。曲がりなりにも秀吉の養子だった秀秋に、秀頼の代わりとして関白をお願いしたいと言うのです。秀頼はまだ幼少だったため、秀吉の子として最も権利のある人物が秀秋だというわけです。

 

 

さぁ、ここで秀秋は迷うわけです。魅力的なオファーを立て続けに受けたことで、東軍に付くか西軍に付くか判断に迷う秀秋が、いよいよ関ヶ原の戦いに巻き込まれていくことになります。

 

 

熊本の塾長が教える日本史:関ヶ原の裏切り

こうして始まった関ヶ原の戦いですが、始まる前から吉川広家にはある確信がありました。

 

 

「これは西軍が負ける戦だ!」

 

 

そこで、当時毛利家、吉川家、小早川家という同族関係にある三家連合の中で、最も発言権を有し存在感のあったリーダー的存在が広家で、彼はなんと総大将を請け負うことになった毛利輝元に対して「決して大阪城から出てはならない」と指示を出します。この戦で西軍に付いてはいけないと言うわけです。

 

 

さらに彼自身は、西軍としては抜群の配置に布陣することに成功します。なんと東軍の本陣の背後に陣を敷いたのです。これには徳川家康も困りました。正面のみならず背後にも細心の注意を払い続けなければならず、完全に不利な立場に置かれたからです。

 

 

こうして、総大将の毛利家が一向に動かない西軍と、背後を取られた東軍の膠着状態が続きます。これでは秀秋もどうしようもありません。ただでさえどちらに付けば良いのか見えにくい戦況です。ギリギリまで判断ができない状況の中で「優柔不断」と言われながらも動けない秀秋の前で、ついにその決断をさせる動きが見えました。東軍が前進を始めたのです。

 

 

東軍の前進を見た秀秋は「東軍有利!」と見るや西軍を裏切る動きに転じます。これを見た周囲の武将たちも慌てふためき、東軍にこぞって寝返ることになりました。こうして西軍は多くの味方の裏切りにあい、東軍に追われる形となりました。東軍の勝利です。

 

 

ここでなぜ東軍が前進できたのか。これは背後にいる吉川広家軍が動かないという確証を得たからでしょう。状況判断なのか、敵陣から密書が届いたのか分かりませんが、とにかくこの戦で広家は西軍には付かないという判断をした。さらには総大将の毛利家すらも協力させて東軍有利とさせた。そして最終的には秀秋が裏切りを決断できるよう東軍を動かした。つまり、この戦いの真の裏切り者は、この吉川広家だったということになります。

 

 

ちなみに、この時の動きがきっかけで、西軍の総大将だった毛利家はお取り潰しを免れました。しかし当然徳川にとっては外様の有力大名ですから、中国地方の勢力を大いに削られ長州藩の藩主ということになりました。そう、この時に生まれたのが長州藩なのです。

 

 

この減封は毛利家にとって屈辱的な仕打ちでもありました。だからこそこの屈辱を決して忘れることなく毛利家の人間たちは後世まで生き残り、その忠臣だった桂家の子孫である桂小五郎が、西郷隆盛とともに薩長同盟を通して倒幕を達成することになるわけです。時代はこうして紡がれていくわけですね。

 

 

今回は関ヶ原の戦いでの真の裏切り者は誰なのか!?について共有してみました。楽しんでいただけていれば幸いです。

 

 

 

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