熊本の塾長から医学部受験生をはじめ全ての人へ|日本医師会を知れば中川会長の動きの裏が見えてくる!?|熊本の学習塾ブレイクスルー・アカデミー

こんにちは。熊本の教育&勉強攻略アドバイザー、ブレイクスルー・アカデミー代表の安東正治です。

 

 

今回語るのは日本医師会です。これは何も医学部受験生だけでなく全ての人が知るべき情報かも知れません。というのも、その日本医師会の中川会長が世間を賑わせているからです。

 

 

国民に自粛のお願いをする立場の日本医師会・中川俊男会長が4月20日に都内で開かれた自民党・自見英子参院議員の政治資金パーティーに参加していたことが判明した件で、中川会長自身が発起人となり100人規模の人間をその場に集めたという行動そのものが問題視されています。しかし日本医師会会長であれば、この時期にそんなものをやれば大問題になることくらい目に見えていたはずです。世間の信用、信頼を失墜させるリスクを承知していなかったとは考えられない。ではなぜそんなリスクを冒してまでパーティーを決行したのか。それを知るには、日本医師会と政治の関係性を知ることが必要のようです。

 

 

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熊本の塾長が考える日本医師会会長中川氏の動き

熊本の学習塾ブレイクスルー・アカデミー塾長として気になるのは、中川会長の動きそのものよりも、その行動を誘発させた日本医師会の体質の方です。誰もが思うことですが、この時期に政治資金パーティーなんかに関われば大問題になることは分かっていたはずです。それなのにあえて関わったのは、そういったリスクよりもメリットの方が大きかったから。世間からバッシングを受けることを大いに上回るメリットとは何なのか。それはそんな一時期の印象悪化よりも、永続する価値があったからと考えると合点がいきます。

 

 

永続する価値として考えられるのは、中川会長自身のメリットか日本医師会へのメリットかいずれかです。日本医師会の会長として享受できるメリットとは何かを知る上でも、やはり日本医師会そのものを知る必要がありそうです。

 

 

そもそも日本医師会という医師が所属する団体がある意義とは何でしょうか。その意義を知り、その会長の背負う立場や責任、使命を知ると、今回の政治資金パーティーの必要性、重要性が分かってきます。すると中川会長の取った行動の理由が見えてきます。

 

 

医学部受験生はじめ全ての人に知ってほしい日本医師会

では日本医師会の歴史を少し紐解いていきましょう。

 

 

医師の団体の原型が作られたのは実は明治の初期になります。1874年(明治7年)にすでにあった医師の団体を、1916年大日本医師会としてまとめ上げたのが、2024年の新1000円札の肖像に採用された北里柴三郎です。医師の社会的立場を確立する目的で立ち上げられたその組織は、戦後1947年にGHQの占領下において日本医学会と統合され、今の日本医師会となりました。ただこれはまだ形だけの話です。

 

 

ではその性質として現代の日本医師会の基礎が築かれたのはいつだったのか。その最も有力なのが1957年からの25年間です。実はこの四半世紀、たった一人の会長が13期も務め上げていました。それが武見太郎です。今の日本医師会と政治の関係性の基礎が築かれたのも実はこの時期になります。この時期に何があったのか。

 

 

そもそも1957年という時代は、まだ敗戦後10年あまり。朝鮮戦争の戦争特需によって景気が回復に向かっていた時期ではあったものの、まだ戦前戦中の影響で食糧難や結核に悩まされていた時期であり、さらにはインフラ整備最優先の時代でした。日々どう生き抜くかという目先の問題が切実なものであり、健康などと考える余裕は全くなかったのです。

 

 

診療体制や医療の全国的なシステム、国民皆保険制度の設計など、医療業界だけとっても目まぐるしい整備が必要な時代。戦前戦中にアメリカをはじめとした先進国と戦っていた関係で、医療に関する情報が入らなくなっていたために、日本の医療は世界から10年遅れている状態でした。そんな、あらゆる状況がぐちゃぐちゃな時代に医師会を任されたのが武見太郎でした。

 

 

武見太郎が会長を任された理由はいくつもありますが、おそらく最も大きかった要素は時の首相吉田茂の義理の甥に当たること。明治三傑の一人であった大久保利通の長女が吉田茂の妻で、利通の次女の子供が武見太郎の妻に嫁いでいるので、吉田茂は武見太郎に取って義理の伯父にあたるわけです。

 

 

その関係で、武見太郎は政界のトップの人たちと早くから交流を持てる立場にありました。各省庁の大臣はもちろん、その後の池田勇人、佐藤栄作、竹下登といった歴代の内閣総理大臣たちとも関われる立場で、その立場にあったからこそ”喧嘩太郎”と呼ばれた圧の強さが生かされたと言っても過言ではありません。そして、当時国の政策、施策に振り回されがちだった医療の体制や医師の立場を慮った武見が、政治家にも医師を送り込み、医療の分かる政治家を増やそうとしたのが彼の一つの功績でした。自民党に人員を推薦し、選挙時応援演説を行い、政治資金パーティーで集めたお金を定期的に献金として自民党に贈るからこそ、その見返りに自分たちの立場や考えを主張できる環境を維持できた、というのが日本医師会の存在意義になっていったのです。

 

 

日本医師会と政治

日本医師会とは一種の圧力団体とも言われます。単なる政治献金の献上者ではなく、自民党をはじめとした政治家側にとって決して無視できない政治的性質を兼ね備えた団体であるということです。それは「むかし陸軍、いま総評」を文字って「むかし総評、いま医師会」と言われるほど。

 

 

これはかつて以上に医療の存在意義が増してきていることも影響しています。野口英世と北里柴三郎という2代続けて医療従事者が新札に採用されていることからも伺えます。

 

 

医師が個人的にどんなに有能であろうとも、最大の暴力とされる国家権力の前では無力です。だからこそ政治家にも医療が分かる協力者が必要だし、医師の団体としての存在感を持たせ続ける必要があります。全ての制度設計を国会だけで審議し決めることは現実的に不可能でしょう。医療は医師にしか分からないこともあります。倫理上、道徳的に考えてそれ以上は譲れないという一線もある。現場にいるからこそ見える患者さんとの関係も、政治家には見えないのです。

 

 

ましてや今は対コロナ禍における未曾有の事態。ワクチンの問題にしても医師だけで決められないところもあるでしょうが、国家間の力関係だけに任せておけないのも事実。だからこそ日本医師会が圧力をかけて医療を守らなければならない。今回中川会長がやらかした大問題は、もしかしたらそういったやむを得ない事情があったのかも知れません。

 

 

政治資金パーティーやって金を集めて、自民党に圧力を掛けられる状況を作って主張を繰り返す。オリンピック問題もあるでしょうし、その後の感染拡大のリスクに対して全国的な医療事情の逼迫をどう全医師の協力体制の下で回避するか。ここで医療崩壊を起こすわけにはいかないからこそ、国民には理解されないとしても一度集まり意識を共有する必要があったのかも知れません。

 

 

性善説的な考え方ですが、日本医師会の実態を知るとそんな風に見えてきました。個人的な見解ですので参考程度に扱っていただければと思います。今回は医学部受験生だけでなく全ての方に知ってほしい日本医師会の実態について少しご紹介してみました。何かの参考になれば幸いです。

 

 

 

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