七夕の「リアル」。織姫と彦星、2人の悲劇はなぜ語り継がれるのか|熊本市の学習塾ブレイクスルー・アカデミー
こんにちは。熊本市の教育&勉強攻略アドバイザー、ブレイクスルー・アカデミー代表の安東正治です。
今日は七夕ですね。熊本辺りの天気は残念ながら下り坂のようなので今夜は夜空は見えそうにありませんが、七夕ということで息子に色々質問されました。背景となっている織姫と彦星のストーリーだったり、天の川のことであったり。今日はその時に調べたりしてまとめた内容を共有したいと思います。熊本の学習塾ブレイクスルー・アカデミー代表としても、ちょっと色々復習したり、そして踏み込んで考えてみたりしたので、独自の視点であえて語らせていただきます。
七夕の基本的情報(織姫、彦星、カササギ)
まずは基本的な情報から復習しておきましょう。
夏の夜空には天の川を挟むように夏の大三角形なる図形が浮かび上がります。そのうちの2つに織姫と彦星がいるわけです。織姫は漢名として「織女星(しょくじょせい)」と呼ばれ、理科的に言えば琴座のベガです。ベガとはアラビア語で「急降下するハゲワシ」に由来する言葉なんだとか。それから彦星。漢名は「牽牛星(けんぎゅうせい)」。わし座のアルタイルに当たります。アルタイルとはアラビア語で「飛翔するワシ」に由来する言葉。つまりこの2つの星はワシの動きになぞらえた名前を冠しているということです。
ではカササギは?と思うのですが、もう一つ残っているはくちょう座のデネブが怪しい。でもデネブとは「(めんどりの)尾」から来ているそうで、はくちょうとも雌鳥とも関係ないやんって感じですよね^ ^; ただ、この「七夕」は元々が中国起源のものなので、中国で出来上がった話の中に「カササギ」が出てくるため、それを日本でも踏襲した流れです。
ちなみにカササギが登場する件は以下のようなもの。なお前半部分は皆さんご存知かと思いますので割愛しますね。
天帝の怒りに触れて1年に1度しか会えなくなった2人。せっかくの日に雨が降って会いに行けず、泣いて悲しむ織姫の前に現れたのがカササギの群れで、その群れは織姫のために羽を広げて自分たちの体で橋を作り、2人が会えるようにしたという伝説からです。この部分の細かい設定は色々あるらしいので、まずは基本的な部分だけをお話ししましたが、カササギは一生を同じ相手と過ごす愛の深い鳥であることも関係しているのかも知れません。
七夕のリアル(織姫と彦星の悲劇と天の川)
それでは少しずつリアルな話に入っていきますが、まずは織姫と彦星の存在についてです。
織姫とは話の設定上「天帝の娘」ということになっています。仕事は機織り。つまりは着る物を作る仕事でした。これが日本で言う「棚機つ女(たなばたつめ)」と、7月7日に合わせて神に供える白い布を機織りするのが前日の夕刻だったことから「七月の夕刻→七夕」に「たなばた」という読みが当てられたようです。
それから牽牛星の彦星ですが、これは字の如く「牛飼い」です。七夕伝説が生まれた当時はまだ古代。作物の生産には田畑を耕すための牛が必須でした。食を司るもの、それが牛であり、牛飼いという仕事だったわけです。
この、人々の生活を支える衣食に関わる2人の若者が、夫婦になったことで仕事を放棄するようになります。ましてや娘の父親は天帝です。神です。彼らが働かなくなったことで天の世界が荒れていくことは困りもの。「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるように、神々の荒廃、腐敗は世界の破滅に繋がります。罰として2人の中は引き裂かれてしまいました。
しかし一生会えないという悲しみ故に、2人はかえって仕事に身が入らず、結局は天帝のお情けによって1年に1度だけ会えるようになりました。その代わり他の日はちゃんと働きなさい、というわけです。
かなり野暮なことを言えば、じゃあ1日与えられれば2人は会えるのかってことですが、この2人は現在15光年離れています。ベガとアルタイルの間の距離は正に「秒速約30万km×3600秒×24時間×365日×15年=14.1912×10^13km」。量子もつれの概念を持ち出さなければとても1日では会えません。それに一年のたった1日のために364日ちゃんと働くんですか?ということにあると、そんなにモチベーションは保てないのでは?こっそりズルして会いに行って、それが見つかって更なる天帝の怒りによって2人は天上界から永久追放になる!みたいな展開はギリシャ神話とかではありそうな展開です(笑)
ちなみに星座の名前には古代ローマ人が使用していたラテン語やギリシャ語が語源として使われているのに対し、先ほど挙げたような星の名前、アルタイル、ベガ、デネブという名前の由来がアラビア語である理由は、天文学の歴史に理由があります。
天球上に位置する大小様々な星々を線で繋いで図形を作るという古代ギリシャの天文学者たちによって確立された天文学の基礎には、幾何学的な発想があります。それを継承したのが古代ローマの人々ですから、星座の語源には彼らのラテン語が採用されやすかった事情があります。
しかしその後西暦476年、西ローマ帝国が滅亡。天文学をはじめとする自然科学系のことごとくの進歩が、この後1000年もの間停滞することになりました。ただ一方で、この頃から逆に世界的に拡大していくことになるイスラム帝国の中で、それらの知識は生き残り続けることになったようです。それこそ世界史で学んだようなウマイヤ朝やアッバース朝といった、エジプトやアラビア半島から現在のシリア、イラク、イランやトルコ、果てはパキスタンやインドの一部まで。そしてその先のヨーロッパでポルトガルやスペインに至る広範囲に渡って知識は拡散し、アラビア天文学の下で詳細な研究が進められている中で、星々にはアラビア語が採用されていったと考えられます。
七夕という織姫、彦星2人の悲劇が語られ続ける理由
今では七夕の日には願い事を書いた紙を飾って楽しむ風習になっていますが、よく考えると、1年にたった1度しか会えない2人が皆んなの願いを聞いている暇はありませんよね。じゃあどうして願い事を書くのでしょうか?これにはそもそもの起源が関係しています。
中国では当時、機織りの名手として名高かった織姫にあやかって、機織りが上手くなりますようにと願いを込める風習(乞巧奠(きこうでん))があったようです。それが次第に形を変え、日本に渡ってからは、和歌が上手く詠めますようにとなり、そして江戸時代になると字を上手く書けますようにという流れができて、実際に文字を書いた紙を祀るような在り方に姿を変えてきたと言います。元々平安時代などから長く「和歌」が上手に読めるというスキルは社会的なステータスだったため、和歌や文字の上達を祈願する文化にマッチしたのでしょう。ちなみに7月は別名「文月」です。
また、日本には元々、伝説というか神話の一つに「イザナミ・イザナギ」というお話があり、その2人を分かつ三途の川という概念があります。これが織姫と彦星、そして彼らを分かつ天の川に一致することから、七夕は年に一度あの世とこの世が繋がる日、という認識の下で浸透したともされています。
それこそ日本では明治6年に改暦があって、そこから新暦として今も使用しているグレゴリオ暦が採用され、その前の太陰太陽暦(旧暦)とは暦の時期がズレています。旧暦の7月は今では7月下旬から9月始めに当たりますから、その真ん中にお盆が来るわけです。死者が帰ってくる日、ですね。
そして2人を会わせることに一役買ったカササギ。「サギ」と名前に付いていますが実は「カラス科」です。三つ足のカラス「八咫烏(やたがらす)」は日本にとって重要な鳥ですよね。そもそも鳥は死者の魂を運ぶものとされ、日本において八咫烏は初代神武天皇の東征の折、熊野国から大和国まで道案内をしたとされる導きの神。今では日本サッカー協会のシンボルとなっています。中国でも「太陽の中にカラスが住む」という伝承があるらしく(黒点をカラスに見立てている)、それがカササギの登場に関わっているのかも知れません。
さらにここは私の私見ではありますが、この2人の悲劇が七夕というイベントとしてここまで浸透している理由は、「欲しいもののために忠勤に励みなさい」という裏のメッセージが込められているようにも感じます。支配者による統治のツールとして、こうした文化風習に裏のメッセージを編み込むという手法です。天帝によって1年に1度だけ会うことを許された2人。でもその代わりそれ以外の日はしっかり働きなさいというストーリーです。うがった見方をすれば、国を治めるための裏のメッセージを込めた、でもそれとは見えないイベントの七夕とは、願いや目標を再考するきっかけを与え、また気を改めて忠勤に励みなさいというメッセージ。そして先祖や亡き人々を思い、生をしっかり見つめて下さいというメッセージも込められているのではないか、とふと思った次第です。
これまでここまで考えたことのなかった七夕。でも七夕はやっぱり悲劇のストーリーなんです。じゃあどうしてこうも毎年語られ続けているのか。何もなくここまで残されているはずはない。一体何が人々の心を掴むのか、なぜ毎年当たり前のように意識されるのか、ここにはどんな意味があるのか。いつもよりも深めに考えてみました。何かの参考になれば幸いです^ ^
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